Statement
我々を囲む美しく豊かな海
住宅地の沿岸に住む生物の驚異を撮り続ける水中写真家
粕谷徹


私の水中撮影は、ビーチエントリー(注)が基本だ。人々の多く住む沿岸近くで撮影をする。直ぐ傍に沢山の生命の営みがあることを知る人は意外と少な い。海で生計を立てる漁師でさえ、私の写真を見て「こんな風に暮らしているのか。陸(おか)に上がった魚しか知らないからね」と驚かれた。
水面から一歩中に入った人だけが知る多くの命の営みや絶景。遠い南の島や極地を目指し冒険をしなくても、直ぐ目の前の海には多くの自然があふれている。多くの人が知らない大自然を伝えたい。豊かな生態に囲まれていることを知ることで、我々の生活は一層豊かなものになる。
撮影を終えて、浜に上がり、近くの住民に撮ってきたばかりの画像を見せる。その時に見せる彼らの驚きこそが、私の撮影のモチベーションだ。
北極からの寒流と赤道からの暖流がぶつかる列島が日本だ。半島の多い地形がさらに海流を複雑に混ぜ合わせている。そこに豊かな環境が生まれる。都市の近くでも豊かな環境が海にはある。これはニューヨークの近くの海でも、きっと同質の豊かな世界が広がっているに違いない。我々は、驚くべき豊かな海に囲まれて暮らしている。
人々にこの驚きを伝えるには、構図や表現に浮世絵の手法を取り入れている。写真が発明される前の時代の表現手段として強く惹かれるものがあるからだ。感動を強調して美しく伝える日本独自の手法は、現代の写真にも大いに役立つ。浮世絵の心を持った水中写真家を目指している。
注:ビーチエントリー 沖まで船で出てから潜るのではなく、浜や磯から水中に入るダイビング手法
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